あの日の記憶
0
        今日もお訪ねいただきましてありがとうございます。
    フリーアナウンサー・企業研修講師で「キャリアに見合った話し方」コンサルタントの志伯暁子でございます。

    あの東日本大震災から4年。
    今日は特別の日でした。

    あの日、自宅で研修の準備に追われていた14時46分。
    いきなり襲ってきたあの揺れ。

    大きな揺れの中で、果たしてどうなるのか、これがあの東北を襲うと言われていた大地震なのか、家は倒れないのか、、、
    色々なことを考えながらも、ひたすら揺れの収まるのを願っておりました。

    そして、しばらくして揺れが収まり、、、。
    家の中にバタバタと倒れた家財、本棚、、、、。家族の安否確認で電話をするも、繋がらず。

    あ!停電。夜に備えなければ、、、宮城県沖地震の記憶が甦ってきて、さて、何から手をつけようか、、思っていたときにかかってきた電話。

    思いも掛けない方からでした。
    阪神淡路大震災の体験をしたAさん。
    学校の校庭を避難所としてしばらくそこにいたとずっと以前に話して下さったことがありました。ある勉強会でしりあい、3回ほど、あっただけの方でした。
    矢も楯もたまらず安否確認のためにお電話を下さったのです。

    そして、そのあと直ぐにかかってきた2本目の電話も、同じ神戸で被災したBさんでした。

    頻繁に連絡を取っていた方ではなかっただけに、初め驚いていたのですが、そのお気持ちをただただ、有り難いと思ったものでした。


    まさか、津波が襲ってくるなど、原発で大変なことになっているなど、思いもよらないこと、想像も出来ないことでした。

    停電であれば、情報も少ない、、、。

    夕方から繋がらない電話に業を煮やし、公衆電話に駆け寄った私。

    あの時、数日後に予定されていた、連続セミナーの最終日は中止だということを知らせなければと、受講中の皆様に片っ端からお電話を掛けておりました。

    中には、石巻の方も。
    繋がらない、、、中止を知らせなければ、、、何度出かけて掛けてみても繋がらない、

    まさか、津波でそんな被害が出ているとはまだ知ることが出来ませんでした。

    電気が復帰しパソコンが使えるようになって、初めてメールを差し上げました。
    繋がって、返事を下さった方、
    それでもまだお返事の無い方。

    不安は膨らむばかり、、、

    そして、石巻の方に繋がったのは、大分経ってからでした。

    大切なパートナーを亡くされたことを知りました。

    他にも何人の方かに、同じようなことが、、、。

    あの時のことを忘れることが出来ません。日が経てば経つほど、恐ろしさに身が震わせていたあの時。ブログの記事もずっと書くことが出来ませんでした。
    そして、この震災のこと、知らない人の安否を本気で心配して下さる方が、全国に、いや全世界にいらっしゃることが分かって、胸が熱くなりました。

    あれから4年。

    様々な思いですごされたかと思います。

    決して忘れることができないこと。忘れてはいけないこと。

    それぞれの思いを胸に過ごす、3月11日。

    静かに時間が流れていきます
    東日本大震災 | comments(0) | trackbacks(0) | -
    entry_bottom
    Comment
    コメントする









    entry_bottom
    Trackback
    この記事のトラックバックURL
    http://brog.careertalk.velvet.jp/trackback/1268243
    TRACKBACK BOTTOM
        123
    45678910
    11121314151617
    18192021222324
    25262728   
    << February 2018 >>
    recent_entry
    archives
    RECENT COMMENT
    RECENT TRACKBACK
    LINK
    PROFILE
    MOBILE
    qrcode
    search